シャティーラの博物館
2024年8月22日
2024年10月18日
2024/08/22
NHK BSワールドニュース
スペイン TVE
レバノン シャティーラ1982年の虐殺事件があった場所
私設の博物館 虐殺に使われた斧や諸々の展示。
比較 ホロコースト博物館
↓
記憶の特別化、起きたことの特例化
起きたことの一般化ではなく。
更に、先住民、奴隷(モンゴル帝国の占領地、機能物資産としての人間)まで広げたらどうなるか。
ナショジオ
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/24/072200393/?P=2
連戦連勝のモンゴル帝国はなぜ突然ヨーロッパ征服を止めたのか
チンギス・ハーンと後継者による征西、現ハンガリーやポーランドまで
征服と虐殺
ヨーロッパの史料には、モンゴル軍は都市を征服するたびに住民を虐殺し、強制労働に使える者だけを生かしておいたと記録されている。クマン人の被害は甚大で、10万人以上が殺害された。
赤旗 2024/08/22
ベルリン時事 配信記事
99歳 元収容所事務員に有罪
起訴に向けて資料を集めた検察機関「ナチス犯罪追及センター」のトーマス・ビル所長は、時事通信の取材に「国家の命令だとしても、身体の健全性や人権を損なう要求に従ってはならないという教訓だ」と指摘。ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)は「多くの協力者がいなければ成立しなかった」と語った。
参照せよ
●「シャティーラの四時間」ジャン・ジュネ 鵜飼哲訳 『インパクション51号」1988.2.15発行
かくして、イスラエルは久しい以前からそれに備えてきたものに、今では流行らなくなったおぞましき植民地権力、時間の中のはかない一権力でありながら、長い悲運と神に選ばれたことを盾に、自分自身で定めた法にしか従わぬ最終審級になりおおせたのだ。
●『恋する虜』パレスチナへの旅 1994年 人文書院 ジャン・ジュネ
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