裁きたがる病を凝視し、それを解体し、そこから静かに去る、ために
2016年11月21日
2021年5月13日
2016/11/21 クールべには、夜中にとび起きて「裁きだ、私は裁きたい」とわめきちらす友人がいたそうです。それは、裁きたがるという狂気です。そうした狂気がいたるところで、いついかなるときでも、裁いているのです。おそらくそれは、人間の行為にそなわった最も基本的な性格のひとつなんでしょう。人間は最後の一人になっても、つまり最後の抹殺行為が最後の敵をほろぼしてしまったあとでも、ぐらつくテ—ブルにつき、深々と腰をおろし、裁判を始めるでしよう。 私は作品、書物、章句、考えを、裁こうとはせずに存続させようとする批評を思わずにはいられません。その此評は火をともし…